5年ほど前、母が亡くなりました。
「胆管ガンで、余命6ヶ月。長くて9ヶ月くらいでしょう。」
そう医師から告げられた時のことは、昨日のことのように鮮明に覚えています。
私はきっと、大きなショックだったのだと思います。
自分と周りの世界とが同じ空間に思えず、自分一人だけが、この場所に取り残されてしまったかのような異質な感覚を体験しました。
昨日まで、いや、さっきまで一緒に笑っていたのに。
海外旅行に行くんだって、英語の勉強もしてるでしょ?
来年のお正月も、着物を着て「春の海」弾くよね?
いろんなことが急速に、頭の中をぐるんぐるんと回っていました。
大勢の見知らぬ人と行き交う中、なりふり構わず泣いている私がいました。
命に限りがあることくらい、頭では分かっているつもりです。
それでも、本当には分かっていませんでした。
母は亡くなるまで、一度たりとも、私に涙を見せませんでした。
後ろ向きなことは一言も言わず、いつもいつも、笑顔でした。
鶴舞公園の桜が咲き始めた頃、車椅子を引いて散歩に出かけました。
母は何も言わず、桜の花を、じっと見つめていました。
「寒くない?」と話しかけても、何も言わず、ただじっと見つめていました。
あの時の、今まで見せたことのない、母の悲しげな表情が忘れられません。
桜も散り始めた、暖かく天気のいい日のこと。
「散歩に行きたい。連れて行って。」
と言われましたが、車椅子に乗るだけでもちょっと辛そうだったので、私は「明日にしようよ」と言いました。
母は不満げな表情でしたが、看護師さんたちからも「明日行こうね」と言われ外出をあきらめました。
でも、明日はなかった。
その日からは、起き上がることすらできませんでした。
散歩に行けたのは、母の人生で、あの日、あの時しかなかったのに。
その一週間後に、母は亡くなりました。
私は、「今、この時」がどれほど大切かを思い知らされました。
美しい桜の花を見ると、「時間は待ってくれない」が、母の口癖だったことを思い出します。
はなひらもも
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